漫画探訪3 アンパンマン分析3 原作者にとってあんパンはご馳走

 原作者のやなせたかし氏は現在88歳ですが、アンパンマンというキャラクターを発想したのは30代半ばだったものの、アンパンマンの絵本はなかなか売れず、アンパンマンにとって不遇の時代が長く続きました。アンパンマンが顔をちぎって与えることやパワーが落ちて空から落ちることが残酷だと幼稚園の先生から苦情も来たそうですが、確かに顔がちぎられたアンパンマンはグロテスクな気がしますし、弱いヒーローでは評価されないのも無理はありません。しかし、その面白さを子供たちの方がよく分かっていました。まず幼稚園や保育所でじわじわと人気が出て、それが子供たち全体へと広がり、テレビアニメとなって爆発的に売れたのです。
 あんパンをヒーローにしたのは、原作者の特別な思い入れがあったからです。彼が子供の頃はお菓子も少なく、あんパンがご馳走でした。母親がよく買ってきてくれたそうですが、彼が幼い時、家に帰ろうとして電車賃を落としてしまい、歩いていた時に知り合いのおじさんからあんパンをもらって元気が出たという体験も大きかったのです。言わば、そのおじさんがアンパンマンであり、あんパンをもらう子供が作者自身でした。
 彼の戦争体験も絡んでいます。兵隊に行った時、おなかがへって、トイレの中でこっそりあんパンを食べたことがあったそうです。
 パンはむろん西洋のものですが、あんパンは日本独自のものであり、明治8年に東京銀座の木村屋が作ったのが最初でした。
 私は戦後生まれですが、やはり子供の頃は貧しく、あんパンがご馳走だったというところまではいかないものの、たとえばバナナなどは貴重品で遠足の時しか食べられませんでした。
 アンパンマンはそういう作者の特別な思い入れが反映したキャラクターですが、恐らく作者の頭にはスーパーマンという存在があり、自分なりのスーパーマンを作り上げたかったのでしょう。スーパーマンが日本に入ってきたのはむろん戦後ですが、それを真似したものが月光仮面をはじめとするヒーローものでした。まぼろし探偵、ナショナルキッド、七色仮面などいろいろあり、私もそれらの番組に郷愁を誘われるのですが、あんパンという食べ物にしてもそういうヒーローにしても、外国のものを日本流に取り込むのが得意な国民性であることを示しています。

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