映画探訪12 「必殺シリーズ」

 年末年始、かつての必殺のスペシャル版を七夜連続でテレビ放映していました。一度見たものばかりですが、自分の歩んできた道と重なり、胸にこみ上げるものがありました。
 パターンはいつも決まっています。恨みを呑んで死んでいった者の代わりに、仕事人たちが悪人たちをやっつけるというものですが、殺しの場面にはお馴染みの長調の曲が流れますし、やっつける仕事人たちが歩く姿が必ず描かれます。満月の夜なら別ですが、普通は江戸の町は灯りもなくもっと暗かったはずで、彼らの姿が見えるのはおかしいですし、刀で斬るのはともかく、三味線の糸を相手の首に巻きつけたり、針で首を刺したり、殺し方は現実的でなく、劇画的だと言えますが、そういう仕事人それぞれの型を楽しむのが、このドラマや映画の醍醐味なのです。歌舞伎の型を決めるというのと同じで、これがなければ興味は半減します。
 また必殺シリーズに藤田まこと演じる中村主水が登場しなければ、面白さが失われます。彼は八丁堀の同心ですが、奉行所では上役からいじめられ、仕事もうだつがあがらないのみならず、家では婿養子という立場であり、妻のりつにも姑のせんにも押さえつけられています。それが裏に回ると人を殺す仕事人なのですから、このギャップの違い、落差の大きさが意外性を生み出し、見ている者を楽しませるわけです。仕事をする時の中村は襟巻きをして口を覆い隠します。そうすることによって表の顔から裏の顔へと変身を遂げることができるのです。
 確かに奉行所の中で、同心の位置も俸禄も低かったようで、それが与力となると随分格が違って上でした。乱を起こした大塩平八郎は、与力でしたから、いい地位にあったわけです。
 ところで、必殺シリーズを見ていますと、中村主水は元禄時代の忠臣蔵で、大石内蔵助に代わってほんものの吉良上野介を斬りますし、幕末の時代にも現れ、京都で浪士隊を作った清河八郎と戦っていますから、時代設定が無茶苦茶であり、中村主水はいつの時代の人間なのかと疑問を持ってしまいますが、それをとやかく言うべきではなく、エンターテイメントとして観賞すればよいのです。
 上の者が頼りにならないのは、現代でも変わりなく、仕事人に依頼してなんとかしてほしい巨悪が一杯いるのが現状であり、そういう庶民のうっぷんを晴らしてくれるのがこのドラマです。むろん、殺し屋という存在は肯定できる話ではなく、テロリズムにも結びつきますが、荒唐無稽な内容であればあるほど、所詮はドラマの世界なのだと、殺伐とした気分になれずに楽しめるのです。

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