古典文学探訪55 「世界の借家大将」2 初物は1つで充分

 藤市の倹約ぶり、節約家ぶりは徹底しています。着ているものはいつも同じでしたし、紋も定めていませんでした。葬式には町内の付き合いで仕方なく参列しましたが、火葬場があった鳥辺山の帰りに、「せんぶり」を引き抜いて、腹薬にしたとあり、何1つ無駄なことはないことを戯画化して描いています。また、ころんでもただでは起きないという言葉通り、けつまずくところで火打ち石を拾って袂に入れるなどと、これも多分に誇張して話が作られています。落語的と言ってもいいでしょうし、実際、西鶴の「日本永代蔵」や「世間胸算用」などの浮世草子は、落語的な要素に事欠きません。
 もっとも、初物の話はさすが藤市らしい合理精神の表れだと感心させられます。東寺あたりの村人が茄子の初物を売りに来ますが、一つは2文、2つは3文で売られているのをみんなは得だというので2つ買います。しかし、藤市は1つしか買いません。1文節約したわけですが、今は初物だから高く、旬の時に買ったら、もっと大きなものを安く買えるというもっともな理屈をつけています。初物をみながこぞって買ったというのは、初物を食べると75日長生きできるという俗説があったからですか、そういう俗説は別として今でも初物が割高だというのは変わっていません。こういう合理主義、節約の精神は、我々も見習うべきことです。
 また藤市は庭には実用的な植物しか植えませんでした。正月の餅花になり、箸の材料にもなるというので柳の木を、節分の魔除けになるというので柊の木を、正月の飾りになるというのでゆずり葉の木を、雛飾り用に桃の木を、端午の節句用に花菖蒲を、糸を通して玩具になる数珠玉を植えていました。藤市には一人娘がおり、娘のためにそれらの木々を利用していました。
 端午の節句は男子のお祝いですが、そうなったのは菖蒲が「尚武」に音が通じていることに由来するもので、武家が始めたもののようです。私が子供の頃は五月五日には、風呂屋の湯は菖蒲が浮かんだ菖蒲湯になっていました。江戸時代には商屋では女子も端午の節句を祝っていたのでしょうか。数珠玉はお手玉にもなり、女の子の遊び道具でした。
 こういう植物を植えていたのは藤市なりに娘のことをよく考えていた証拠であり、世間並み一通りのことはしていたわけです。もっとも、娘にも合理精神、節約主義を吹き込んでゆき、その親の期待に応えた娘に成長してゆくことになります。
 藤市は朝顔も花の命が短いし、実用的ではないというので、刀豆(なたまめ)に植え替えさせました。刀豆は花の盛りの期間が長く、実は漬け物になるからです。ここにも藤市の合理精神がよく現れていますが、人間、観賞することも大事であり、ここまで徹底すると行き過ぎのきらいがありますが。
 
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • オークリー サングラス

    Excerpt: 古典文学探訪55 「世界の借家大将」2 初物は1つで充分 関ヶ原の残党、石田世一の文学館/ウェブリブログ Weblog: オークリー サングラス racked: 2013-07-06 05:02