追悼・やしきたかじんさん 「やしきたかじんを全部しゃべり倒したらぁ SP」2 曲「ふみきり」「東京」

 関西テレビの特番「追悼!やしきたかじんを全部しゃべり倒したらぁ SP」の中で、たかじんさんが76年に「ゆめいらんかね」でメジャーデビューを果たす前、当時は高校生だった尾崎亜美さんが、たかじんのコンサートのバックバンドでピアノを弾いていたという事実が明らかにされていました。その時はたかじんさんは低姿勢であり、「どの音をとったらいいかいいか教えてくれ」と亜美さんに訊いて来たり、酒の席に連れて行ったりしたと語っていました。亜美さんは酔っぱらいの介抱の仕方を教えてもらい、たかじんの介抱もよくしたとも話していました。
 亜美さんにとって衝撃的だったのは、その時にたかじんさんの「ふみきり」という曲の中の「カンカンカンカン」というところなどたかじんさんに好き勝手に歌われるということでした。その「ふみきり」の歌詞とたかじんさんの歌が番組で紹介されていましたが、スタジオの一同もショックを受けていましたし、私もぞっとする思いでした。女に振られた男が、女の後を追おうとして、踏切で電車にはねられてしまうという内容で、手足がバラバラになり、血がドクドクと流れるというところが、恐ろしいまでリアルでした。もっとも、尾崎亜美さんは、デモテープの段階では、スタジオで流れていた歌よりも、もっとすごい世界だったと語っていましたから、想像を絶するものだったかもしれません。少なくとも、女心を切々と歌うたかじんの歌の世界とは、全く趣きの異なるものだったに違いありません。
 たかじんさんの最大のヒット曲になった「東京」の作詞家である及川眠子さんも番組に出演して、関西色の強いたかじんさんに対して「東京」という歌を作った意図を語っていました。「やっぱ好きやねん「「なめとんか」というようなコテコテの関西というイメージがたかじんんさにはあり、それが及川さんも同じ関西人(和歌山出身)でありながら、気恥ずかしく思えたこと。またたかじんさんを全国区にしたいという気持ちがある一方で、たかじんさんのイメージも崩したくないという気持ちもあり、どうしようと悩んでいたこと。コンサートに呼ばれた時に、その最後にたかじんさんが「東京での番組が決まった。東京でもう一回勝負がしたい。」と話しているのを聴いて、ぱっと思い付き、楽屋にいたディレクターに、「『東京』というタイトルで大阪弁の歌を作りたい、誰もやったことがないからやりたい」と言ったこと。
 また「東京は嫌いや。もう来たくないわ」という歌を作ったら、たかじんさんは関西ローカルの人で終わってしまうと思ったから、「東京は悪いとこちゃうかったんや」と言わせたかったと及川さんは語っていました。
 中山秀征さんはたかじんさんが「東京」をレコーディングした時、一回しか歌わず、歌い終わるとすぐに北新地に行ってしまったので、その歌で販売されたと語っていました。もっとも、それまでにたかじんさんはかなり歌の練習を積んでいたということも語られていましたが。
 

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