大阪探訪54 空堀商店街の堀跡・NHK大阪の番組「ええとこ 大坂の陣・真田幸村を追え」

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写真は東西に続いている空堀商店街の東端に近いところから南側の道を5月25日に撮ったものです。写真でははっきりわかりませんが、南に大きく下がっており、かなりの高低差があり、大坂城に惣構えの堀があったことを示すものです。
 昨年7月13日に放送された、NHK大阪の番組「ええとこ ぶらっと!歴史ウォーカー 大坂の陣・真田幸村を追え」の中で、空堀商店街も紹介されていました。ギャラリーの中にある隠し階段を下りて、当時の堀や石垣の痕跡が残る地下室に入っていました。また商店街の間の道を南へ下ってゆき、崖になったところへも行っていましたが、崖は石垣になっていました。そこも堀があったところですが、残念ながら、石垣は当時のものではなく、後世作り直されたものです。番組で紹介された崖のところまでは今回行きませんでしたが、またそこも訪ねてみたいと思います。
 映画「プリンセス・トヨトミ」では、空堀商店街の中に「長浜ビル」なるものがあり、その中に大阪国に通じる長いトンネルがあるという描き方でしたが、ギャラリーの隠し階段から地下室へ通じるということがヒントになっているのかもしれません。
 この番組では、歴ドルの小日向えりさんが、大阪のお笑い芸人の長原成樹さんを、幸村ゆかりの地を案内するという形が取られていました。真田幸村出丸城跡碑のある心眼寺(幸村と大助父子の墓があることも紹介されていました)、幸村が出陣の前に戦勝祈願した鎌八幡(円珠庵)、三光神社の真田幸村の銅像と真田の抜け穴(特別の許可を得て長原さんが実際に抜け穴の中に入っていましたが、何メートルかのところで行き止まりになっていました。小日向さんも途中まで入っていました)、大坂冬の陣では家康が陣を置き夏の陣では幸村が陣を置いた茶臼山、幸村終焉の地である安居神社なども廻っていました。さきほど挙げた空堀商店街もその過程で廻っていたわけです。大阪城鉄砲隊の隊長の澤田平氏が所有する幸村の宿許銃も披露されていましたが、これは歴史秘話ヒストリアでも取り上げられていましたし、拙ブログ記事でも触れたことがあります。小日向さんは最後まで家康打倒を諦めなかった幸村への思いを熱く語っていました。
 また番組ではこれとは別に松村邦洋さんが、大阪城天守閣の主任学芸員の宮本裕次さんに大阪の陣についての説明を受け、地下7メートルのところに埋まっている豊臣時代の大坂城の石垣のところまで梯子を使って特別に下りて行っていました。私は入口から覗き込んで石垣がはるか下にあるのを見たことがありますが、それも特別公開の時だけで、普段は入口の蓋は閉まっています。 宮本さんは豊臣時代の大坂城の姿を、黒田家の大坂夏の陣図屏風をもとに説明していました。黒地に金の派手な大坂城であり、現在の大阪城は最上層だけ当時の姿が再現されています(オンライン三成会編「三成伝説」【サンライズ出版】でもそのことに触れています)。 の

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