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zoom RSS 阪神・淡路大震災から20年 当時の1月21日の日記 日本の建造物は大丈夫だという安全神話が崩れる

<<   作成日時 : 2015/01/21 11:26   >>

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 阪神・淡路大震災に関することが、20年前の1月21日(大地震が発生してから5日目)の日記の後半に記されていますので、紹介します。前半はその日の自分の行動が綴られているため、その部分は省略します。
 「避難者は31万人を超えているという。300人で簡易トイレが一つしかないとか、体育館には暖房がなく、寒さと余震とで熟睡できないとか、疲労やいらだちは日々つのってゆく。自分の家で水道もガスも電気も使える生活がいかにぜいたくなことか、思い知った。夜半から雨が降り出す恐れがあり、そうなると土砂崩れや地すべりが起こり、新たな災害を引き起こしかねない。ヘリコプターからの映像を見るにつけ、山と海にはさまれたいかに狭い土地に住居やビルが密集しているかが如実にうかがえ、被害が大きくなったのも無理ないとつくづく思う。経済大国とは名ばかりで、住宅事情は劣悪で、安全面や快適さは無視されてしまっている。その大きなつけが今回こういう形で回ってきたわけで、経済性ばかりが追求される都市のあり方を変えない限り、第二、第三の甚大な災害は今後も起こることだろう。
 地震の安全基準も根本的に改めるべきだ。日本の建造物は大地震にも充分耐えうるように設計されているので大丈夫だと、学者たちが大見栄を切ったのは昨年のロサンゼルス近郊地震のあとで、それから1年も経っていないのだが、それが今回のありさまではどう言い訳するのだろう。
 建物が古かったとか、予想をはるかに超える規模だったからだ(実際、淡路島北淡町や神戸三ノ宮では震度7という最高値だったと認定された)とか、専門家の言い訳があちこちから聞こえてくるが、自然の脅威に対する認識の甘さが露呈されている。専門家、学者たちに大いに反省してもらい、耐震設計の基準をもっと高く設定し、それに達しない建造物は作り直すぐらいの覚悟が必要だ。日本全体を総点検する契機になってこそ、犠牲者たちの霊も浮かばれようというものだ」と。
 20年前のこの日の日記を読んでみて改めて感じることは、安全神話はこの後も踏襲され、東日本大震災の原発事故の際に露呈されました。日本の原発は大丈夫で大きな事故は起こらないと、専門家をはじめ多くの国民が信じていましたし、わたしも同様でした。阪神大震災の教訓が生かされず、東日本大震災で大きな被害を生んでしまったわけですが、今また新たな審査に合格した原発は大丈夫だという神話を生み、再稼働されようとしています。原発事故は一度起こしてしまったら、取り返しがつきません。福島の人々がいまだに苦難を強いられている事実、彼らの悲痛な声が、どれだけ政府や再稼働推進派の人々に届いているでしょうか。同じ過ちをまた繰り返してしまう気がして仕方ありません。

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