京都探訪281 日本文学探訪121 平八茶屋と漱石1 麦飯とろろ膳 拙文「漱石と白百合」1

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写真は平八茶屋の麦飯とろろ膳を昨年4月24日に撮ったものです。妻と一緒にここで昼食を取りに行きました(翌日が妻の誕生日であり、その祝いも兼ねてのことです)。料理が2段重ねになっていますが、写真では横に並べています。料理に舌鼓をうった後、最後に麦飯にとろろ汁をかけて食べます。
 平八茶屋までは地下鉄松ヶ崎駅から歩きましたが、20分余りでした。食事は広間で取りましたが、宿にもなっており、帰り際に泊まりに来た外国人の観光客の姿を見かけました。
 平八茶屋は夏目漱石ゆかりの場所であり、小説「虞美人草」にも出て来ますし、朝日新聞に再連載されていた小説「門」の解説の中で、漱石自身、明治25年7月に帰郷する正岡子規との旅でここに立ち寄ったと推定されること、明治40年の日記には平八茶屋に行ったと記されていることが、述べられていました。
 漱石がかつて訪れていたと思うと、感慨深いものがあります。麦飯とろろ汁は400年の歴史がありますから、漱石も食べていた可能性は高いのではないでしょうか。
 さて、拙ブログ記事ても触れたように、昭和50年12月に、同人雑誌に「白百合と題して」なる文章を掲載しました。第1章は「『明星』における白百合」であり、これは紹介しましたが、続いて第2章の「漱石と白百合」も何回かに分けて紹介したいと思います(あれから漱石研究も格段に進歩していますが)。

 「『三千代は何にも答えずに室の中へ這入って来た。セルの単衣の下に襦袢を重ねて、手に大きな白い百合の花を三本ばかり提げていた。その百合をいきなり洋卓の上に投げる様に置いて、その横にある椅子へ腰を卸した』
 夏目漱石の『それから』の一節、三千代が代助の家を訪問するくだりである。漱石の作品に登場する女性の中で、もっとも魅力があるのが三千代である。少なくとも、作者は彼女を批判的な眼で描いてはいない。彼女は一見か弱い女性のように見えながら、代助との不倫な関係を受け入れる心の強さを秘めている。いわゆる『恐れない女』である。
 三千代と言うと、すぐに白百合を思い出す。代助が彼女の家に持っていったのが始まりで、先に引用した箇所の他、代助が彼女に愛情告白する時にも百合を買って花瓶に活ける。このように代助と三千代の関係にはいつも白百合がついてまわるが、三千代=白百合というイメージほど適合したものはないような気がする。
 漱石と白百合でもうひとつ思い出すのが、『夢十夜』の第一夜。死に際に百年たったらきっと逢いに来ると誓った女が、百合の花になって約束通り百年後に男の前に現れるというストーリー。実にロマンチックな話として印象深い」

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