日本文学探訪124 拙文「漱石と白百合」4  漱石の恋人とされた大塚楠緒子の歌と詩

 夏目漱石の小説「道草」の中の行方不明だった自筆原稿18枚が見つかったという記事が新聞に出ました。「道草」は自伝的な小説であり、養父が主人公に金をせびるどろどろした内容には嫌な思いをしたものでした。漱石の小説には珍しく、「道草」では三角関係は描かれていません。
 さて、昭和50年12月に同人雑誌に掲載した「白百合と題して」の第2章の「漱石と白百合」をこれまで三回にわたって紹介してきましたが、その最後の部分です。拙文は漱石の恋人が誰であったかということを、その当時の研究成果をもとに記したものです。漱石の恋人は友人の妻である大塚楠緒子であったというのが、小坂晋氏の見解です。

 「大塚楠緒子の作った歌は次のようなものである。

 人の見ぬ小さき草にふさわしきさはれ小さき花は咲く春
 風の音におどろかれぬるあしたより思ふ事多くなりにける哉
 書(ふみ)の中にはさみし菫(すみれ)におい失せぬなさけかれにしこい人に似て

 良家の婦人にふさわしく、温雅な歌風である。
 彼女は明治43年、肺結核で死亡。時に満35才。彼女の死を悼んで、漱石が次の句を作ったことは有名である(『硝子戸の中』にも出てくる)。

 ある程の菊投げ入れよ棺の中

 彼女の小説の価値はさほど高いものとはいえず、むしろ、明治38年1月に『太陽』に発表された新体詩『お百度詣で』が、与謝野晶子の『君死にたまふことなかれ』と並んで評価されている。厭戦的な詩として。

  お百度詣で

 ひとあし踏みて夫(つま)思ひ、
 ふたあし国を思へども、
 三足(あし)ふたたび夫おもふ、
 女心に咎(とが)ありや

 朝日に匂ふ日の本の
 国は世界に唯一つ。
 妻と呼ばれて契りてし、
 人も此世に唯ひとり。

 かくて御国(みくに)と我夫(わがつま)と
 いづれ重しととはれなば
 ただ答へずに泣かんのみ
 お百度まうでああ咎ありや。」

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