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zoom RSS 三成の実像2408「英雄たちの選択 大谷吉継」3 萱野稔人氏・外岡慎一郎氏の見解

<<   作成日時 : 2018/09/29 10:49   >>

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 番組「英雄たちの選択 大谷吉継」で、三成が吉継が家康に対して吉継に挙兵することを打ち明けた時、三成の提案を拒否して家康との戦いを回避すべきか、三成と共に挙兵すべきか、とぢらを選択するかを、出演者に問うていましたが、哲学者の萱野稔人氏も次のような理由で挙兵に賛成していました。
 吉継は上杉攻めに調停役として参陣しようとしており、その目的は上杉氏が負けないようにするためであり、家康が勝って力を持ってしまうと、豊臣政権の合議制が崩壊してしまうので、この挙兵の場合も、家康に勝つ必要はなく、家康との均衡を保つのが大事であり、そうすることによって豊臣政権が維持されていくのだと。
 あくまで仮定の話ですから、そういう考え方もできると思います。しかし、ずっと決着がつかなければ、各地の戦いは長引き、惣無事令は完全に瓦解したでしょうから、応仁の乱の時と同じように、政権の弱体化を招いた可能性もあります。そうならないためには、一刻も早く和睦して、合議制に戻す必要があるでしょう。もっとも、家康が元和元年まで長生きしたとすれば、火種をかかえたままで、争いごとは絶えなかったかもしれません。三成が政権に復帰したままだったかも気になるところですが、家康も和睦するのもやむなしと判断すれば、認めざるをえなかったかもしれません。このあたり、いろいろ考えさせられて想像がふくらみます。
 番組では、歴史研究者の外岡慎一郎氏は、戦を回避することに賛成の意を示されていましたが、次のような点が挙げられていました。
 当時、三成は失脚しており、私的に兵を集めて戦いを起こせば、反乱・クーデターになってしまうから、家康に三成を討つ口実を与えてしまう、三成方としては戦いの大義をどう作るかかが大きな問題であり、今、戦うのは不利であると。
 確かに外岡氏の見解は一理ありますが、三成もそういうことがよくわかっていたから、三奉行の名で「内府ちがいの条々」を出すことによって、戦いの大義を示し、さらに毛利輝元・宇喜多秀家の二大老とも結んで、豊臣公儀を形成し、その時点で逆に家康の公儀性は失われたというのが白峰旬氏の見解であり、私もその見解に同意します。三成も7月末か8月1日の段階で奉行として政権として復帰していますから、反乱という捉え方は当たらないと思います。ただ、関ヶ原の戦いで家康が勝ちましたから、戦後、三成らは無用な戦いを起こした謀反人として処刑され、そういう見方は江戸時代ずっと続きました。そういう意味では、三成が戦いを起こさなければ、謀反人扱いされずに済んだわけで、戦いを回避する選択肢はあったかもしれません。しかし、それでは、三成が政権に復帰するチャンスはほとんどなかったのではないでしょうか。
 

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