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zoom RSS 三成の実像2478 中野等氏の総論「石田三成をめぐる二・三の論点」1 三成論の系譜・三成の位置づけ

<<   作成日時 : 2018/12/09 11:01   >>

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 11月に名古屋大学で行われた「織豊期研究会」のシンポジウム「近世成立期の大規模戦争と国制」の中野等氏の総論「石田三成をめぐる二・三の論点ー豊臣政権の末期を対象としてー」ですが、まず三成論の系譜として三成を論じたこれまでの著書がいろいろと挙げられていました。渡辺世祐氏の「稿本 石田三成」が最初ですが、この本は私は読んだことはありません。今井林太郎氏の「石田三成」は、その現代語訳されたものだと説明されていましたが、この書は持っています。桑田忠親氏、白川亨氏、矢部健太郎氏の書も並んでいますし、中井俊一郎氏の「石田三成からの手紙」も入っていますが、これらの本は目を通しています。読んでいないものの中では、朝尾直弘氏の「豊臣政権論」、山本博文氏の「幕藩制の成立と近世の国制」に興味が惹かれました。前者には、三成ら集権派と家康らの分権派の対立があったと論じられており(その対立構造には私は懐疑的なのですが)、後者は取次について論じられていると説明されていました。
 三成研究の現状としては、太田浩司氏の「近江が生んだ知将 石田三成」、中野等氏の「石田三成伝」、谷徹也氏編「石田三成」が挙げられていましたが、井上泰至氏の「石田三成ーテキスト批評 中野等著 石田三成伝」は読んでいず、どのような内容の批評論か気になりました。
 谷徹也氏の「総論 石田三成論」については、「一、三成の人物像」と「三、領主・代官としての石田三成」は史実確定に重点が置かれ、「二、豊臣政権における石田三成 奉行・対大名交渉・諸事件との関わり」と「四、合戦における石田三成」は論点整理に重点が置かれていると説明されていました。ただし、「四」については、「武将としての三成」の立項ではなく、「論旨の交錯もあるか?」と指摘されています。谷氏の同書については、拙ブログで詳しく取り上げました。
 豊臣政権内部における三成の位置づけとして、その時々に応じて立場が変わってくるし、重複することがむしろ一般的だったと説明されていました。
 「御広間御詰衆」、「筑州家中出頭面々」、「奏者?」(増田長盛が小笠原貞慶の奏者、富田一白が最上氏の奏者との記述があることが示されていましたが、三成が奏者を務めたという記述はないようです)、「堺代官」(天正十四年 小西隆佐との相役)、「都奉行衆」(朝鮮在陣期 増田長盛・大谷吉継との相役)、「京都所司代」(文禄4年8月 上京は増田長盛、下京は石田三成)。
 奉行について、桑田忠親氏や三鬼清一郎氏の見解を踏まえた上で、「時々の課題に対応するため、秀吉の命をうけて行動する家人」だとまとめられていました。

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