日本文学探訪125 福嶋昭治氏の講演「源氏物語~なぜ今も読み続けられるのか」・福嶋氏と茨田高校の同僚だった頃

 フェイスブックの方でも記しましたが、NHKラジオの文化講演会で放送された園田学園女子大学名誉教授の福嶋昭治氏の「源氏物語~なぜ今も読み続けられるのか」を聴き直しました。今年2月に放送され、8月に再放送されましたものです。それだけ、講演が好評だった証ですが、文学は人の真実な気持ちを書き表すもので(たとえ、それが当時は非常識だと思われたことであっても)、それが時代を越えて人を感動させ、心を豊かにするということを、与謝野晶子の詩「君死にたまふことなかれ」、「蜻蛉日記」、そして「源氏物語」を例に挙げて説明されていました。そういう文学の本質を突いた講演は説得力があり、充分納得できる内容でした。
 当時としては非常識だったという点については、晶子の詩で云えば、弟が日露戦争で死なずに帰ってほしい、天皇も民の死を望んでいないと詠んだのに対して、大町桂月が晶子のことを天皇中心主義の立場からすると国家の刑罰を受けるべき罪人であると断じたように、当時の日本人の多くが晶子を非難していたこと、「蜻蛉日記」の作者が夫の藤原兼家が毎日家に来てくれることを願い、それがままならないことを恨んだ(当時は通い婚)が、一夫多妻の当時としては、それを願うのは常識外れだったこと、「源氏物語」の冒頭、桐壷帝が高貴な身分の女御や更衣が数多くいるのを差し置いて、桐壷の更衣一人だけを寵愛したことは、宮中のしきたりからは外れていたことなどが挙げられていました。
 福嶋先生とは大阪府立茨田高校で一年だけ同じ国語科の教員としてご一緒したことがあります。私は新任でしたが、福嶋先生は前年に赴任され、いろいろと教えていただきました。その博識ぶり、弁舌の巧みさ、話のわかりやすさ、生徒からの信頼感の強さなど、感心し学ぶことが多かったのですが、園田学園女子大学に赴任されることになって、本来、福嶋先生が担任する予定だった二年のクラスを私が急遽、受け持つことになりました。その私も、途中で白内障を病み、一年間で担任を降りることになったのですが。
 後に国語研究会主催の2週間の中国旅行に参加した際、福嶋先生の奥様(高校の国語科の教員をされていました)とたまたまご一緒したのも、奇遇でした。
 44年前に福嶋先生に宇治に連れて行ってもらった時の10ページ余りの案内用冊子が今も手元にあります。先生が手書きで作成されたものです。「源氏物語」の「宇治十帖」ゆかりの地をいろいろ案内していただきました。その宇治の地に将来住むことになるとは、その時は全く思ってもいませんでした。これも縁なのかもしれないと思っています。

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