石田三成の実像2820 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」13 天正15年に博多に出した9か条の定書

 中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」の中で、三成の「実行力・信頼感」を示す書状として、天正15年(1587)に、博多に出された9か条の定書が取り上げられ、次のように現代語訳されています。 「(大意訳)  第一条 博多の町では座を一切禁止する  第二条 無税・無課役とする  第三条 全国の海港で博多の廻船が難…
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会誌に拙文「 巻雲短歌会五十周年」 西大寺で共同代表と会合 奈良探訪 菅原天満宮の梅

写真は一月末に発行した巻雲短歌会の会誌です。一年ぶりの発行です。短歌会が創設されて五十年を超え、私はその会誌に「巻雲短歌会五十周年」と題する文章を掲載し、会の歴史の概略を記しました。なにしろ、創設当時のことから知っているのは私だけなので、記録として書いておく義務があると思ったからです。はや五十年が経ったのかと思うと感慨深いものがあ…
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石田三成の実像2819 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」13 実戦状況に関する白峰氏の考察4 後備ま…

 中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、白峰氏が担当されている「第四章 江上八院の戦いの実戦状況」の中で、立花勢の小野和泉守、立花吉左衛門、十時源兵衛が後日申し上げた「覚」に基づいて、この戦いの戦闘状況が復元されていますが、そのうち「小野和泉が申し上げた覚」による合戦当日(10月20日)の状況につい…
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日本文学探訪129 NHKの番組「偉人たちの健康診断 与謝野晶子」3 フランスで夫婦の愛を取り戻す・コクリコを詠ん…

番組「偉人たちの健康診断」で、与謝野鉄幹は憧れのフランスに来て、元気を取り戻したものの、妻の与謝野晶子の方は逆に寂しさに耐え切れず、半年後、晶子は、シベリア鉄道経由で夫の後を追い、パリで再開し、二人は激しい恋心を呼び戻しますが、これは旅の効果だと説明されていました。その理由として、夫婦で旅をすることによって、相手の新たな面を発見し、自分…
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石田三成の実像2818 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」12 天正18年8月24日付の毛利輝元書…

 中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」の中で、三成の「影響力」を示す書状として、天正18年(1590)8月24日付の毛利輝元書状の一部が取り上げられ、次のように現代語訳されています。 「(大意訳)彼の人が現在、非常に重要な人物であることは言うまでもないことである。いい加減に考えたら大間違いである。三郎右衛門元兼とよ…
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日本文学探訪128 NHKの番組「偉人たちの健康診断 与謝野晶子」2 夫婦の関係逆転・鉄幹の適応障害・晶子の心臓病…

 一般的には、与謝野晶子は有名でも、夫の与謝野鉄幹の知名度はそれほど高くないかもしれません。結婚後、「みだれ髪」で一躍有名になった晶子のもとには仕事が一杯舞い込みますが、鉄幹の方には仕事の依頼がほとんどありませんでした。夫婦の関係が逆転し、鉄幹にとっては、パワフルな妻がそばにいることで、それがかなり強いストレスになり、適応障害を引き起こ…
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石田三成の実像2817 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」12 実戦状況に関する白峰氏の考察3 先手二…

中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、白峰氏が担当されている「第四章 江上八院の戦いの実戦状況」の中で、立花勢の小野和泉守、立花吉左衛門、十時源兵衛が後日申し上げた「覚」に基づいて、この戦いの戦闘状況が復元されています。  そのうち「小野和泉が申し上げた覚」によると、合戦当日(10月20日)の状況…
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日本文学探訪127 NHKの番組「偉人たちの健康診断 与謝野晶子」1 恋の病の科学的研究結果・「みだれ髪」などの朗…

NHKの番組「偉人たちの健康診断 与謝野晶子」で、晶子が歌の師である与謝野鉄幹と出会って、恋心を燃やしていったことに関して、恋の病の科学的研究結果が披露されていました。すなわち、人は恋に陥ると不安や恐怖を司る脳内の扁桃体や、冷静な判断をする側頭・頭頂接合部の活動が鈍くなるため、恐れ知らずの感情が生まれ社会的判断が鈍くなると考えられると説…
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石田三成の実像2816 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」11  鷹狩マニアであることを示す真田信…

中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」の中で、三成の「趣味」である鷹狩を示す書状として取り上げられている、年月未詳6日付の真田信幸宛三成書状ですが、次のように現代語訳されています。 「(大意訳)先にお約束の鷹をくださりました。こちらからも鷹を進上すべきところ、尾羽のつきが少なく遅れています。さても見事な鷹にて、あ…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問8 作法室での茶道部のもてなし・東儀秀樹の文章によって雅楽の奥深さを知る

大手前高校の作法室で、茶道部の部員によるお茶のもてなしを何回か受けました。心がゆったりするひとときでしたし、特別な空間でした。外国の高校生が訪問した時にも、茶道部をお茶をふるまっていましたが、好評だったようです。今も来校者に対してお茶のもてなしは続けられているのでしょうか。茶道も日本の伝統文化の一つですから、外国の人々にもできるだけ知っ…
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石田三成の実像2815 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」11 実戦状況に関する白峰氏の考察2 朝、霧…

中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、白峰氏が担当されている「第四章 江上八院の戦いの実戦状況」の中で、立花勢の小野和泉守、立花吉左衛門、十時源兵衛が後日申し上げた「覚」に基づいて、この戦いの戦闘状況が復元されています。  そのうち「小野和泉が申し上げた覚」によると、合戦当日(10月20日)の…
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回想・大手前高校で発行していた学級通信・生徒の自己紹介文、行事の感想、iPS細胞の記事などさまざまな話題を提供・二…

 大手前高校で担任した時に発行した学級通信は今でも残してありますが、58期生二年前期は11号、二年後期は8号、三年は18号、68期生二年後期は12号、三年は21号までそれぞれ出しました。半月に一回ぐらいのペースで出したことになりますが、これぐらいが精一杯でした。  今でも思うのは、二年前期の忙しさです。半年のクラスなのに、行事としては…
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石田三成の実像2814 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」10 鷹狩マニアであることを示す某中納言…

今まで拙ブログ記事で取り上げてきた、中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」の書状は、いずれも三成の「コミュニケーション力(人づきあい)」を示すものですが、次に三成の「趣味」を物語る書状として、年月未詳26日付の某中納言宛三成書状と、年月未詳6日付の真田信幸宛三成書状が取り上げられています。この「趣味」について、「三…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問7 昭憲皇太后(明治天皇の皇后) 行啓記念碑・大阪府高等女学校時代に訪問・伏見の…

 大阪府立大手前高校が伝統校であることを物語るものとして、校内に建っている昭憲皇太后行啓記念碑があります。昭憲皇太后は、明治天皇の皇后であり、一条家の出身で、名前は勝子(まさこ)、のちに美子(はるこ)と改名しました。皇后になったのは、明治元年のことであり、当時19歳でした。  昭憲皇太后が訪れたのは、大手前高校が大阪府高等女学校…
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石田三成の実像2813  中西豪氏・白峰旬氏の「最新研究 江上八院の戦い」10 実戦状況に関する白峰氏の考察1 …

  中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、白峰氏が担当されている「第四章 江上八院の戦いの実戦状況」の中で、立花勢の小野和泉守、立花吉左衛門、十時源兵衛が後日申し上げた「覚」に基づいて、この戦いの戦闘状況が復元されています。  まず合戦前日(10月19日)の状況について、「小野和泉が申し上げた覚」…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問6 回想  レベルの高いコーラス大会・驚かされた生徒の本気度・審査の大変さ

大手前高校のコーラス大会にかける生徒の本気度には驚かされるばかりでした。赴任した当時、朝、登校する時から三年生のクラスからコーラスを練習する声が聞こえていました。コーラス大会は五月に行なわますが、三年生は二年の後期にすでに次年度の合唱曲を決めているクラスもあり(二年後期から一年半同じクラスです)、早くから練習に取り組んでいましたから、最…
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石田三成の実像2812 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」9 慶長3年5月付の大音新介宛の三成書状…

昨年11月3日に三成の生まれ故郷である長浜市石田町で行われた「三成祭」の際の中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」で、慶長3年(1600)5月付の三成家臣の大音新介宛の三成書状が取り上げられ、次のように現代語訳されています。 「(大意訳)(秀吉殿は)我等には筑前筑後(福岡県南西部)をくだされ、九州の物主にしてくださる…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問5 回想 三年の文化祭で演劇「ベルサイユのばら」を凝った演出で熱演

 今から15年前のことになりますが、大手前高校で58期生の三年理系の担任をした時、文化祭で演劇「べルサイユのばら」を行ないました。この場合もすべて生徒たちが企画・運営しましたから、担任は付き添うだけでした。脚本は女子生徒が書きましたし、小道具・大道具も生徒が工夫してこしらえ、劇の演出も凝っていました。  マリーアントワネットが処刑され…
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石田三成の実像2811 番組「英雄たちの選択・立花宗茂」4 中西豪氏・白峰旬氏の「最新研究 江上八院の戦い」9 大…

NHKの番組「英雄たちの選択・天下無双の名将・立花宗茂」で、関ヶ原の戦いについて、前述したように、立花勢と龍造寺・鍋島勢との江上八院の戦いについては全く触れられていず、四万の家康方の軍勢に囲まれた柳川城の宗茂が、加藤清正の要請に応じて城を明け渡したと述べられていました。宗茂は自分の命を引き換えにして家臣たちの命を助けたいということを清正…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問4 回想 赴任二年目に二年担任・学級通信発行・文化祭に三体のグリコ人形

大手前高校赴任二年目に、突然二年の担任に入ったのですが、学年主任のI先生に担任に入ってくれないかと打診されました。担任の先生で部長に選ばれた人がいて、兼務は難しいと担任を辞退され、私に声がかかったというわけです。大いに不安はありましたが、引き受けました。生徒との距離を縮めるべく学級通信を初めて出しましたが、結構有効で、大手前で担任した間…
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石田三成の実像2810 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」8 慶長4年閏3月9日付宛名不明の大谷吉…

昨年11月3日に三成の生まれ故郷である長浜市石田町で行われた「三成祭」の際の中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」で、慶長4年(1599)閏3月9日付宛名不明の大谷吉継書状が取り上げられ、次のように現代語訳されています。 「(大意訳)昨日は度々御使者にお出でいただき、ありがとうございます。今度の事では、種々御苦労いた…
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石田三成の実像2809 番組「英雄たちの選択・立花宗茂」3 中西豪氏・白峰旬氏の「最新研究 江上八院の戦い」8 立…

NHKの番組「英雄たちの選択・天下無双の名将・立花宗茂」で、関ヶ原の戦いについて、従来通りの捉え方がされていました。すなわち、緒戦は一進一退の攻防が続いていたが、三成方でありながら傍観していた小早川秀秋隊一万五千人が裏切り、勝敗が決したと。これについては、拙ブログで何度も取り上げているように、白峰旬氏は、秀秋は最初から裏切り、関ヶ原表に…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問3 伝統的に続いている一年生のかるた大会

 大手前高校を訪ねたのは1月30日の木曜日でしたが、四限終了後、一年生は体育館に集合するようにという校内放送が入りました。五限はLHRの時間ですが、この日はかるた大会が開かれました。もっとも、国語科のI先生と会ってほどなく、二人で大手前を後にしたため、かるた大会を見ることはできませんでしたが、かるた大会がずっと続いていて、伝統が守られて…
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石田三成の実像2808 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」7 文禄4年5月24日付の島津忠恒宛三成…

昨年11月3日に三成の生まれ故郷である長浜市石田町で行われた「三成祭」の際の中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」で、文禄4年(1595)5月24日付の島津忠恒宛三成書状(抜粋)が取り上げられ、次のように現代語訳されています。 「(大意訳)何事によらず諸事、小西行長と寺沢正成に相談下さい。この両人は私がとりわけ親しく…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問2  書庫に大量の蔵書・図書部長の時、満杯のため古本を一部廃棄せざるをえず 

 大手前高校で一番気になっていたのは、書庫の状態でした。書庫がどこにあるか知らない生徒や教職員の方が多いかもしれません。別棟の理科棟一階の食堂の手前にあります。ここには、昔からの書籍が大量に保管されています。130年以上の歴史がある伝統校ですから、当然ですが。  定年までの4年間は図書部長をしていたのですが、当時、書庫が満杯の状態で、…
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石田三成の実像2807 番組「英雄たちの選択・立花宗茂」2 中西豪氏・白峰旬氏の「最新研究 江上八院の戦い」7 立…

 NHKの番組「英雄たちの選択・天下無双の名将・立花宗茂」で、家康が関ヶ原で三成たちと戦ったのは、立花宗茂がいなかったからだという見解を磯田道史氏が述べていました。確かに、立花がいれば、戦況が大きく変わった可能性はありますが、立花が関ヶ原に来ていなかったから、家康が戦いを始めたという捉え方は、うがち過ぎで、無理がある気がしました。家康が…
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  呉座勇一氏の講演「本能寺の変を考える」黒幕説否定・大河ドラマ探訪472 「麒麟がくる」2 斎藤道三の父は油売り?

呉座勇一氏がNHK文化講演会「陰謀の中世日本史ー本能寺の変を考える」(ラジオ放送)の中で、光秀が信長を討つに当たって黒幕がいたという説について、否定的な見解が述べられていました。黒幕説には、朝廷、足利義昭、イエズス会などさまざまありますが、それが成り立たないことをいろいろな論拠を挙げて説明されていました。それぞれの論拠は省きますが、光…
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石田三成の実像2806 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」6 天正17年11月25日付島津義久・御…

昨年11月3日に三成の生まれ故郷である長浜市石田町で行われた「三成祭」の際の中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」で、天正17年(1589)11月25日付の島津義久・御内宛三成書状が取り上げられ、次のように現代語訳されています。 「(大意訳)書状拝見しました。御前仕合ではおめでとうございます。私たちは暮れまで御前にい…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問・変わっていない校内の様子・少なくなった顔見知りの教員・多目的に利用されているコ…

5年ぶりぐらいに大阪府立大手前高校を訪ねました。定年までの9年間同僚だった国語科のI先生が、今年度も非常勤講師として勤めておられるので、連絡を取り、会いに行きました。先生は4限(65分授業で1日5限制です)に授業が入っていたので、その途中に学校に着き、授業の邪魔にならないように校内を少しぶらついて、授業の終了を待ちました。  校内の様…
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