20数年ぶりの大阪府立住吉高校の周辺散策10 安倍晴明神社・晴明の生誕地という伝承・「葛乃葉」「信太妻」伝説

DSCN0113.JPGDSCN0105.JPGDSCN0107.JPGDSCN0109.JPGDSCN0110.JPG 安倍晴明神社を訪ねたのもほぼ40年ぶりです。ここが安倍晴明の生誕地という伝承があり、「安倍晴明伝承地碑」も建っています。境内には、本殿、安倍晴明の銅像、晴明の母という伝説がある白狐の像、白狐が変身した女性「葛乃(の)葉」の絵、晴明の産湯の井跡などがあります。小さな神社であったという記憶がありますが、その通りでした。
 「葛乃葉」は、和泉国信太の森に住んでいた狐と言われ、安倍晴明の父の保名に命を助けられ、恩を感じた狐は女性の姿となって保名に嫁ぎ、晴明を生みます。しかし、やがて狐であることが知られてしまい、葛乃葉は「恋しくばたづね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」という歌を残し、保名と晴明に別れを告げて、信太の森に帰ってしまいます。二人は信太の森に狐を訪ねると、狐は晴明に霊力を授けます。これが「葛乃葉」・「信太妻」伝説ですが、こういう話が浄瑠璃や歌舞伎となって広まるわけです。演劇台本で残っている最古のものは、江戸時代の延宝2年(1674)刊の古浄瑠璃本「しのたづまつりぎつね付あべノ晴明物語」であると、「日本伝奇伝説大事典」(角川書店)の「安倍晴明」の項に記されています。
 もっとも、同事典の「信太の狐」の項には、慶長年間頃の成立した本に、遊女となった狐が諸国を放浪し、筑波山のふもとに3年居ついて、晴明を生んだという話や、狐は大和国葛城山の山中に住んでいたという別の説話もあることが記されています。さまざまなバリエーションがあるわけで、いずれにせよ伝説の域を出ません。
 ちなみに、京都の晴明神社は、安倍晴明の屋敷跡に建てられたもので、ここは何度となくお参りしています。秀吉の時代には、ここに千利休の京都屋敷があり、利休が切腹したところです。

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