50年前の大学合格電報・現役、浪人で受験した大学はそれぞれ1校のみ・大学に入ることだけが目的化している現状・入試制度や大学教育の抜本的な改革の必要性

DSCN0353.JPGDSCN0354.JPG 50年前の大学の合格通知の電報が手元に残っています。合格発表は大学のキャンパスであったのですが、見に行くのに交通費と時間が結構かかるので、料金が安い電報を頼みました。電報は大学が行っているものではなく、学生たちが請け負ってしているものでした。
 当時、国公立大学は授業料が格別安かったので、経済的に苦しいわが家でも行けたのですが、私立大学の授業料は高かったので、私立の受験は一度もしたことがありません。現役の時は、一期校の大阪大学だけ受け、浪人の時は一応二期校にも志願書を出しましたが、一期校の京都大学に合格したので、結局受けませんでしたから、結局大学受験は計二校しただけです。
 高校受験の時も公立一本でした。「すべり止め」で私立高校を受験する者が大半でしたが、合格しても、公立高校の受験前に、入学金を振り込まねばなりませんでしたし、入っても授業料が高く、とても払えませんでした。そういうわけで、もしも公立高校が不合格なら、中学浪人していたところです。むろん、浪人したからといって、塾や予備校には通えませんでしたが。
 大学受験の際も、現役で不合格になった時も、予備校には通わず、自宅浪人しました。ただ、何もしないのは不安だったので、Z会の通信添削は受けていました。当時、受講料はそれほど高くありませんでしたし、バイトで夜の間だけ親友の家のモータープールの管理人をでしていましたから、家族に経済的負担はあまりかけていませんでした。ちなみに、Z会の時に使用していた呼称が「関ヶ原の残党」でした(点数が高いとZ会の雑誌に呼称が掲載されました)。
 現在は国公立も私立も大学の授業料が高すぎるという気がします。コロナ禍でキャンパスにも通えず、リモート中心の授業が多くなっているので、なおさらです。休学や退学を考えている学生も少なくないというのも無理ありません。授業料を減額すべきですし、国の援助も必要だと思います。こういう状態では有能な人材が育たないのではないかと危惧します。むろん、大学教育や学歴だけがすべてではなく、大学以外で学べることの方が大きいのですが。大学側としても、教育の充実が何より求められますし、入試制度自体を抜本的に改革して、入学の門戸をもっと大きく開いて、卒業の方をもっと厳しくするということも必要ではないかと思います。今の制度では、大学に入ることだけが目的化してしまって、大学で遊んでしまう学生も少なくありません。就職活動が前倒しされ、それに精力を注ぎ過ぎる結果、勉学の方がなおざりになってしまうという弊害も生じています。いろいろな意味で、改善すべき点が多々あるという気がします。

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