大阪探訪60 中津藩蔵屋敷跡碑・福沢諭吉生誕地碑・「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」碑 その言葉の意味

DSCN1108.JPGDSCN1107.JPGDSCN1106.JPGDSCN1110.JPG 朝日放送のすぐ東に、中津藩蔵屋敷跡碑と福沢諭吉生誕地碑、及び「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」(『学問ノススメ』)の碑が建っています。コロナワクチン接種の前に、ここにも久しぶりに立ち寄りました。堂島川に面しており、江戸時代、この近辺は各藩の蔵屋敷がずらりと建ち並んでいました。堂島には米相場がたち、当時としては画期的な米の先物取引をしていました。

 諭吉は中津藩蔵屋敷で生まれましたが、翌年、父の死に伴い中津に戻っています。成長して長崎などで学んだ後、21歳で再び大坂に出て、緒方洪庵の「適塾」に入り、22歳で塾頭になっています。その後、江戸に出て、明治維新を迎えることになります。彼の人生は、年数から言えば、明治維新をはさんで、前半生、後半生ちょうど半分ずつというのも、象徴的な感じがします。

 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」の言葉は、人がもともと平等なことを言っていますが、この書で言いたいのはそれだけではありません。その続きを読むと、しかし、実際は金持ちもいるし貧しい人もおり、賢人も愚人もいるという現実を述べ、賢人と愚人の違いは学ぶか学ばないかの違いであり、学ぶことの重要さを説いています。本の題名が「学問ノススメ」となっているのはそういうわけです。学問の大切は自分の経験から学んだことでしょうし、慶応大学を創設したのも、そういう思いからだったと考えられます。明治という開かれた新しい時代に必要な有能な人材を育てることに力を入れたわけです。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント