漫画探訪32 「アンパンマン」の作者やなせたかし氏のインタビュー記事2 最初は大人のメルヘン 

 やなせたかし氏は今の「アンパンマン」を描く前に大人のメルヘンとして描いたことがあるとインタビュー記事でおっしゃっています。その時は汚いマントを着て、よたよた空を飛ぶ丸顔のおじさんであり、髪の毛もあったと云いますが、私もどこかで見た覚えがあります。戦争で飢えた子どものいる国に、アンパンを配りに行きますが、国境を越えたために撃ち落とされるという苦い、風刺のきいたストーリーだったと云いますが、そういう冴えないヒーローではでは評判にならずあまり売れなかったのも当然という気がします。
 しかし、そこにやなせ氏の正義に対する考えが、今の「アンパンマン」以上によく現れています。正義とはスーパーマンのように格好のよいものではなく、本当の正義を行おうと思ったら、自分も傷ついてぼろぼろになるはずであり、それだから汚いマントのおじさんだったわけであり、やなせ氏の戦争体験と深く結びついています。 今の「アンパンマン」も顔をちぎったり、攻撃されたりして傷つくと とたんにパワーがなくなりますが、ジャムおじさんが新しい顔を作って交換してくれますから、すぐ復活します。正義の意味合いは大人向けのメルヘンの方がよりはっきりしています。しかし、それではさきほども言ったように受けないでしょう。
  今でこそやなせ氏は「アンパンマン」のキャラクターを一杯作っていますが、自分にそういう才能があるとは全然思っていなかったとおっしゃっています。やなせ氏が最初にキャラクターを作るきっかけになったのは、手塚治虫氏にアニメ映画「千夜一夜物語」のキャラクターを作るように頼まれたことからでした。やなせ氏は大人向けの短編映画を描いていたので、アニメのことは何も知りませんでしたが、台本を読んでこういう顔だろうと頭に浮かんできて、山賊の娘のマーディアを描きました。その顔がよかったらしく、最初は軽い役だったマーディアがどんどん重要な役になってきたと云います。それまで自分の才能に絶望していたやなせ氏でしたが、キャラクターならすらすらと描け、楽しくなってきたとおっしゃっていますから、人間、何がきっかけとなって上向きになるか本当に分からないものです。手塚治虫氏はやなせ氏より9才も年下でしたが、若い頃から漫画家として第一線で活躍していたのに対して、やなせ氏は遅咲きであり、大器晩成型だと云えます。
 「千夜一夜物語」がヒットしたために、やなせ氏は手塚氏からお礼に短編を一本作ってくださいと言われて、作ったのがアニメ映画「やさしいライオン」であり、70年に公開されました。「やさしいライオン」は絵本になり、今まで24万部も売れたロングセラーになり、今の子供たちも大好きだと云います。そして、その後作られたのが「アンパンマン」であり、今の人気につながっているわけですが、最初の頃は子供向けに新たに作った「アンパンマン」が、出版社からはパンが空を飛ぶようなくだらない絵本は書くなと言われ、批評家からは図書館に置くべきではないと言われ、幼稚園の先生からは顔を食べさせるとは残酷だと言われ、評判が大変悪かったことも、このインタビュー記事で触れられています。

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