京都探訪306 初詣は一言寺・建礼門院に最期まで仕えた阿波内侍が創建と伝わる・寺の名前が入った御詠歌

 今年の初詣は、歩いて二十分程の一言寺(いちごんじ)へ行きました。坂を上り、さらに階段を上がれば、境内です。門のところからの眺望もよく、京都の街も望めます。坂を上がらず、さらに北に十五分程歩けば醍醐寺に行き着けます。  一言寺の創建については、寺の掲示板に次のように記されています。  「高倉天皇の中宮・建礼門院徳子に仕え、『大原女(…
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謹賀新年 「ねずみどし」の折句歌 石田三成の実像2789 三成の人望のなさが関ヶ原の戦いの敗因になったとする通説

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。  ね(根)を張りて  ずしりと重き  みき(幹)のごと  どんと構へて  しん(芯)強く生く  「ねずみどし」を織り込んだ折句歌です。  令和二年の最初の仕事は、巻雲短歌会の会誌の発行です。1月25日の発行を予定しており、目下初校の校正中ですが、…
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大阪探訪144 大阪外国語大学跡地に建つ大阪国際交流センター・回想  二期校で受験する予定だった大学

 上六界隈散策は、上六から上町筋を南下しましたが、上本町八丁目にある大阪国際交流センターの敷地に何十年ぶりかで少し立ち寄りました。ここにはかつて大阪外国語大学がありました。後に箕面市に移り、さらに大阪大学と統合しました。私が受験生の頃、国立大学は一期校、二期校に分かれて大阪外国語大学は二期校でした。浪人した時、二期校は大阪外大に願書を出…
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石田三成の実像2788 高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」4 「…

高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」(『地方史研究』398号、2019年)の中で、通説通り小山評定があったとする本多氏の見解と、小山評定は創作だとする白峰旬氏の見解の相違について、「2015年本多論文以降、その論点はおおむね二つにしぼられている」として、まず一点目として白峰氏の「福島正則の…
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大阪探訪143 映画探訪  半世紀前、上六映画劇場・上六地下劇場・上六大映で見た映画

 半世紀前、上六でよく通った映画館がありました。一つは今の新歌舞伎座付近にあった、一階の上六映画劇場(洋画)、地階の上六地下劇場(邦画)です。小学生新聞を取っていた時、日曜の朝に使える子供用の映画割引券が付いており、それでたくさん見ましたが、その時代でよく覚えているのは、「妖星ゴラス」(星が地球に衝突しそうになり、それをどう防ぐかという…
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石田三成の実像2787 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」5 三成の判のある升を使うこと

11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、成菩提院所蔵の成菩提院村掟書の条文の現代語訳を一つずつ見ていって解説されていましたが、その続きです。  「第六条 升について  来秋からはただいま遣わす三成の判のある升を用い、従来の升を用いてはならない。先年検地衆から出…
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大阪探訪142 大学合格報告のため清風学園に勤めていた中学校時代の担任を親友と訪ねる・過分なご馳走にあずかって恐縮…

 上六散策をした時に、久しぶりに清風学園中学・高校の前を通りました。昔と校舎がすっかり建て替わっていました。F君と自転車で大阪府立高津高校まで通学していた時は、この前を通っていましたし、二人が浪人して大学に合格した時、当時、清風学園に勤めていた、大阪市立天王寺中学校時代の担任だった林野彰先生(クラス替えがありませんでしたから、三年間担任…
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自作短歌の周辺38 石田三成の実像2786 連作短歌「歪められた歴史」 白峰氏の新説に基づく関ヶ原合戦・権力者によ…

 軍記物による創作を真実と思ひ込みたり今に至るも  家康を活躍させむ場を無理に作り上げたり関ヶ原合戦  主戦場は関ヶ原にあらず三成ら主力部隊は「山中」に陣す  次号の短歌誌に掲載する拙歌の一部です。関ヶ原の戦いに関する新説や石田三成を題材にした歌を多数詠み、一連の短歌に「歪められた歴史」という題をつけました。新説は、専ら白峰旬…
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大阪探訪141 子供の頃から馴染みの上六・近鉄上本町駅、近鉄デパート、結婚式を挙げた教育会館、その夜泊まった都ホテル

 小学校時代時代からの親友であるF君の家に行く前に、上六界隈をぶらりと散策しました。近鉄の上本町駅は、高校時代、F君と一緒に歩いて大阪府立高津高校に通う時、前をいつも通っていましたし(後半は自転車通学に切り替えたため、清風学園の前を通る別ルートになりましたが)、植村武先生の奈良・西ノ京の家での歌会に参加する際、F君と一緒にこの駅から電車…
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石田三成の実像2785 中井俊一郎氏の講演「三成研究最前線 主に三成最期の500日に関して」7 豊臣政権における三成

11月2日に米原市観音寺の三成ブックカフェで行われた中井俊一郎氏の講演「三成研究最前線 主に三成最期の500日に関して」の中で、「豊臣政権の三成」について、「上杉氏、真田氏、島津氏、佐竹氏、相良氏ら『取次』大名との強固な関係」、「堺奉行・博多奉行治政にみる都市プランナーとしての能力」、「掟書にみる実務能力」、「豊臣政権諸政策と三成の関…
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小学校からの親友との一年半ぶりの寿司屋での夕食

 一年半ぶりに、小学校時代からの親友F君に会いました。彼とは小学1・2年、5・6年生同級生、中学は3年間とも同級生、高校はクラスは違ったものの、同じ大阪府立高津高校、中学・高校は一緒に通学しました。家はお互い歩いて数分の距離でしたが、彼の家はアパートにビルに建て替わりましたが、私の生まれ育った長屋は、老朽化のため取り潰されました。  …
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石田三成の実像2784 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」4 出作・入作の場合の夫米の高を規定・田畑放棄の禁止

11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、成菩提院所蔵の成菩提院村掟書の条文の現代語訳を一つずつ見ていって解説されていましたが、その続きです。  「第四条 出作・入作の場合に相手の村に出す夫米について 給人方の百姓が蔵入地の田地を入作したときは、一石に…
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赤穂市立歴史博物館で展示されている大石内蔵助の書状・介錯した刀・番組「偉人たちの健康診断・“忠臣蔵”」浪士たちの健…

 写真は2年前に赤穂の大石神社で撮ったものです。  若い時から「時代劇」と云えば「忠臣蔵」が一番のお気に入りだったのですが、娘の誕生日が、赤穂浪士の討ち入りの日なのも何かの縁かと思っています。むろん、旧暦と新暦とは違いますが。主君のかたき討ち、忠義などというのは封建時代の産物ですが、苦難の末に本懐を遂げるというところに、ぐっと胸に迫る…
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石田三成の実像2783 白峰旬氏「新視点関ヶ原合戦」36 「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」1…

白峰旬氏の「新視点関ヶ原合戦」(平凡社)の、 第四章「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」の中で、慶長5年(1600)9月26日頃のものとされる片倉景綱宛伊達政宗消息における大垣城攻城戦の状況について、次のようにまとめられています。  「①大垣城に石田三成・宇喜多秀家・島津義弘・小西行長が籠城していることは間違いない …
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NHKの番組「昭和の選択」山本五十六の苦悩・石田三成の実像2782 文禄の役の際の三成の苦悩

NHKの番組「昭和の選択」で連合艦隊司令長官・山本五十六の苦悩が取り上げられていました。アメリカとの戦争を回避しようとしながら、一方で奇襲作戦を立案をし、それを実行しなければならなかったこと、アメリカに打撃を与えることで半年ぐらいで講和に持ち込みたかったこと、そもそも山本はアメリカに留学してアメリカの国力を熟知しており、ロンドン軍縮条…
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石田三成の実像2781  高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」3 …

 高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」(『地方史研究』398号、2019年)の中で、通説通り小山評定があったとする本多氏の見解と、小山評定は創作だとする白峰旬氏の見解の相違について、「2015年本多論文以降、その論点はおおむね二つにしぼられている」として、まず白峰氏の「福島正則の7月19日…
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石田三成の実像2780 大阪府立茨田高校の元同僚との伏見城跡巡り2 治部池・伏見城の大手門跡・明治天皇陵・天皇、皇…

 11月26日、伏見桃山城の紅葉を見た後、伏見城内の石田三成の屋敷である治部少丸があったそばを通りましたが、屋敷の北側にあった堀の遺構と思われる、治部池を柵越しに見て(わずかに見えるだけですが)、そのことを説明しました。  この治部池が見える道は、今まで 二十回以上は通っているのですが、28日に天皇・皇后が明治天皇陵に参拝される際には…
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石田三成の実像2779 大阪府立茨田高校の元同僚との伏見城跡巡り1・丹波橋駅から下板橋通を東へ・伏見桃山城の紅葉

 拙ブログで何回か伏見城跡や模擬天守の伏見桃山城を取り上げてきましたが、11月26日に大阪府立茨田高校の元同僚三人と木幡山伏見城跡・城下町跡を少し巡ってきました。私が案内役を務めました。午後、京阪丹波橋駅で集合し、下板橋通を東に進み、まず伏見桃山城運動公園へ行きました。   丹波橋駅付近は秀吉の時代に田中吉政の屋敷があったところです。…
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石田三成の実像2778 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」3 夫役の基準の明確化・触れ歩きの者を使用する規定…

 11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、成菩提院所蔵の成菩提院村掟書の条文の現代語訳を一つずつ見ていって解説されていました。  「第一条 夫役(ふえき)としての詰夫(つめふ)について  詰夫は高千石について一人の割合で出す。これ以上に人夫を遣うときは、必要な…
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庭のイヨカン・ネーブル・庭に実用的な木ばかり植えた藤市(「日本永代蔵」の「世界の借家大将」・「古典文学探訪55」の…

 今年は庭木にイヨカン8個、ネーブル2個が生ったので、11月に収穫して部屋に並べておきましたが、先日、初めてイヨカンを一つ食べてみました。少々酸っぱいものの、味は悪くなく、充分果物として食べられます。プランターでキュウリやナス、プチトマトなどを育てたこともありますが、ここ何年かは怠っています。ネギは植えて、時々料理に使っていますが。 …
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