テーマ:美術探訪

京都探訪396 三条通の近代建築物2 「1928ビル」2「同時代ギャラリー」の「SAGADASH 2022」(嵯峨…

写真は「1928ビル」の「同時代ギャラリー」で開かれていた「SAGADASH 2022」(嵯峨美術大学 芸術学部 造形学科 油画・版画領域 選抜展)の木村文香さんの作品で、メルヘンチックでほっこりした気持ちになりました。  学生6名が出品していましたが、姪が嵯峨美術短大の出身ということもあって、それぞれの作品に余計に親しみを感…
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京都探訪395 三条通の近代建築物1 「1928ビル」1 「ギア」の看板・「同時代ギャラリー」の「田中幹人展」

 10月12日、義妹母子と会う前に、時間があったので、三条通の近代建築物を少し見て回りました。京都の近代建築物については、先日のテレビ番組「京都画報」でも取り上げられていました。まず「1928ビル」に少し立ち寄りました。このビルは文字通り、1928年に建てられたもので、もともと大阪毎日新聞社京都支局として使われていました。   …
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京都探訪394 「八木明ー磁の流れー」展 入れ子の鉢や蓋物の連続性の美しさ 均整の取れた造形作品の数々

 中信美術館で開催中の「八木明ー磁の流れー」展を夫婦で見に行きました。さまざまな磁器が展示されていましたが、中でも目を奪われたのは、入れ子の鉢や蓋物でした。「入れ子」は、マトリョーシカ人形のように、大きさの異なる容器などを順に次々と中に入れていくものですが、それらを平面に一直線や渦巻き状にしてずらりと並べられると、連続性があり、そこ…
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京都探訪393 京都国立近代美術館の「コレクション展」3 小野竹喬さんの「奥の細道句抄絵」2「浪の間や小貝にまじる…

 写真は京都国立近代美術館の「コレクション展」で展示されていた小野竹喬さんの「奥の細道句抄絵・浪(なみ)の間や小貝にまじる萩の塵(ちり)」を撮ったものですが、波が打ち寄せる渚に、小貝にまじって萩の花が落ちている様子を趣き深く描いています。この句は種(いろ)の浜(福井県)で詠まれたものです。芭蕉の句の小貝は、種の浜特産の「ますほ貝」で…
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京都探訪392 京都国立近代美術館の「コレクション展」2 靉光さんの静物画・戦争の犠牲者 小野竹喬さんの「奥の細道…

 京都国立近代美術館の「コレクション展」には、靉光(あいみつ)さんの絵画が三点展示されていました。いずれも静物画で、昭和13年頃に描かれた「壺に入った花」(一枚目の写真)と、昭和17年の「花(やまあららぎ)」(二枚目)「静物」(三枚目)ですが、作風が違っており、振幅の大きさがうかがえます。  靉光さんと言えば、不気味な「眼のある風…
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京都探訪391 京都国立近代美術館の「コレクション展」1 エアブラシを使った三尾公三さんの作品

9月30日、京都国立近代美術館の「コレクション展」を夫婦で見に行きました。スーパーへの買物以外で、二人で外出するのは1ヶ月ぶりでした。美術館の所蔵品百数十点が展示されていました。その時、美術館は改装工事中で、展覧会は4階でのみ開かれていました。一部の作品以外は、撮影OKだったので、気に入った作品を結構撮りました。洋画、日本画、…
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京都探訪388 「千總ギャラリー」の「伊庭靖子展」と「千總の屏風祭展」 衣棚通の廣野了頓邸跡碑

 8月26日、1ヶ月半ぶりに妻と外出し「千總(ちそう)ギャラリー」を訪ねました。一緒に近くのスーパーへ買い物は行くことはよくありますが。「伊庭靖子展」と「千總の屏風祭展」が開かれていました。展示されていた伊庭氏の作品は、いずれも全体的にはおぼろげな、もやみたいなものがかかっている中に、自然の風景やオブジェが繊細なタッチで描かれていま…
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フェルメール「窓辺で手紙を読む女」の修復前と修復後の違い・京都探訪387 ホテルに生まれ変わるために壁二面を残して…

テレビで大阪市立美術館で開催中の「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」の紹介がされていましたが、その際、フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」の修復前と修復後の絵の違いに触れられていました。修復前にはなかった壁のキューピッドが、修復後には現れたこと、フェルメールはキューピッドを描いていたものの、彼の死後、何者かが消してしまったこと。 …
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京都探訪382 京都文化博物館の「祇園祭 鷹山復興記念展」 約200年ぶりに後祭の巡行に参加 「梥本一洋展」近代の…

先月24日、京都文化博物館で開催中の「祇園祭 鷹山復興記念展」と「梥本(まつもと)一洋展」を夫婦で見に行ってきました。    今年は3年ぶりに祇園祭の山鉾巡行が行われ、合わせて鷹山の山鉾が約200年ぶりに後祭の巡行に参加します。恐らく山鉾巡行は、大変な人出になると思いますので、それは京都テレビの中継で見ることにして、比較的空いている宵…
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京都探訪372 中信美術館の「ひかり萌ゆ」展・新風館のイタリア料理店でランチ

 20日、中信美術館で開催中の「京都中央信用金庫所蔵品展 ひかり萌ゆ」を見に行きました。30点の絵画、陶芸、染色作品が展示されていました。 堂本印象氏 、上村淳之氏をはじめとする名だたる芸術家の、個性豊かで、それぞれに独特の趣きのある作品がずらりと並んでおり、しばしその世界に引き込まれました。  展覧会の案内に載っている作品は、西野陽…
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大阪探訪66 阪急オフィスタワーで友人と待ち合わせ・中之島美術館を下見・国立国際美術館の現代美術

 3月26日、福山に住む、大学時代からの友人N君と梅田で会いました。京都で会って以来、約1年ぶりのことです。NHKの文化講座(仏教関係)を受講に来たので、それが終わった時間に、阪急オフィスタワーの15階で待ち合わせをしました。このビルに来るのは初めてです。彼の方はたびたび受講しに来ているので、お馴染みの場所ですが。目の前が阪急デパートで…
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京都探訪367 中信美術館の「今井政之ー自然へのときめきー」展 「面象嵌」の技法 平安ホテルの魚料理ランチ

 3月10日、中信美術館で開催中の「今井政之ー自然へのときめきー」展を夫婦で見に行ってきました。京都府庁の西にある、無料の美術館です。今井氏の陶芸作品が50点近く展示されていました。表面を彫ってそこに色土を埋める、いわゆる「面象嵌」の技法を創造した陶芸家であり、2018年には文化勲章を受章されています。制作中の様子も、ビデオで紹介されて…
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アメリカから中国経由で届いた航空便  大阪中之島美術館に寄贈された佐伯祐三の「郵便配達夫」

  昨年末にボストンにいる義妹一家から送られた航空便が、ニケ月余り経って、3月初めにようやく家に届きました。封筒の裏に「中国郵政」のシールが貼ってあったので、恐らく間違って中国に送られたため、遅くなったのではないでしょうか。封筒の表にははっきり「JAPAN」と書いてあったのですが。こういうことは、当方も今まで経験がありません。  航空…
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京都市京セラ美術館の「フランソワ・ポンポン展」2 リニューアルされた京セラ美術館・ 人物彫刻「コゼット」・小学生の…

 リニューアルされた京都市京セラ美術館の中に入るのも初めてでした。エントランスは地下1階になっており、大階段を上って1階の中央ホールに出ます。そこから各会場に行くようになっていますが、「フランソア・ポンポン展」は2階で行われており、らせん階段を上って行きました。同時に「上村松園展」「ドラえもん展」も開かれており、他の展覧会も予定されてい…
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京都市京セラ美術館の「フランソワ・ポンポン展」1  67歳の時の動物彫刻「シロクマ」で一躍有名に・それまで人物彫刻…

 京都市京セラ美術館で開催されていた「フランソワ・ポンポン展」を夫婦で見に行ってきました。美術館へ行くのは今年初めてです。ポンポンの彫刻などが約90点展示されており、1時間半ほどかけてゆっくり鑑賞しました。  代表作の「シロクマ」は写真撮影OKだったので、いろいろな角度から撮りました。写実的ではなく、シロクマの姿を単純化させ様式化して…
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奈良探訪 美術探訪 松柏美術館「上村松園・松篁・淳之展」2・松園の「花がたみ」・松篁、淳之の鳥小屋・旧佐伯邸

 松柏美術館に展示されていた、上村松園の「花がたみ」は、一番インパクトがありました。謡曲「花がたみ」に基づいた日本画で、継体天皇を愛するあまり精神を病んでしまった照日の前の姿を描いていますが、虚ろな目の表情がなんとも鬼気迫っていました。松園はこの絵を描くために、精神病院に泊まり込み患者の様子を観察しましたから、この絵に対する気迫や執念み…
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奈良探訪 美術探訪 松柏美術館「上村松園・松篁・淳之展」1・松園の「楊貴妃」 古典文学探訪 白居易の詩「長恨歌」 

 夫婦で奈良・学園前にある松柏美術館に初めて行きました。大淵池に面したところに建っているこぢんまりとした瀟洒な美術館で、現在「上村松園・松篁・淳之展 魂の継承~受け継がれる魂~」が開催中です。上村家三代の作品が展示されており、それぞれ描く対象も画風も違っていますが、その姿勢や作家精神、底流にあるものなどは共通しているように感じました。「…
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京都探訪304 「円山応挙から近代京都画壇へ」展 応挙の襖絵・呉春から始まる四条派

京都国立近代美術館で開催中の「円山応挙から近代京都画壇へ」展を夫婦で見に行ってきました。会場はたいそう賑わっていました。応挙から始まる円山派、呉春から始まる四条派の画風は、京都近代画壇に受け継がれ、竹内栖鳳、上村松園などを生みましたが、それらの数々の画家の作品が多数展示されていました。とりわけ目を引いたのは、兵庫県美方郡香美町香住の大乗…
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三成の実像1596 美術探訪12 「海北友松展」14「月下渓流図屏風」 三成らへの思い

 「海北友松展」の「第十章 豊かな詩情ー友松画の到達点ー」に展示されていたのは、60年ぶりに里帰りしたアメリカのネルソン・アトキンズ美術館が所蔵している「月下渓流図屏風」でした。確かに、深みのある風趣に富む作品であり、友松がたどり着いた世界を感じることができました。  この絵について、図録には次のように要領よく記されています。  「…
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美術探訪11 石田三成の実像1943 「海北友松展」13 最晩年期の押絵 三成に縁ある僧の賛

 「海北友松展」の「第九章 墨技を楽しむー最晩年期の押絵制作ー」には、押絵のうち賛が施されたものが展示されていましたが、押絵とは図録には「屏風の一扇ごとに絵を押す(貼る)ところから、このように呼ばれるもの」と記されています。  その中でも興味を惹かれたのは、「人物・花鳥図押絵貼屏風」で、十二図のうち半分が大徳寺の僧が賛を施しています。…
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美術探訪10 「海北友松展」12 画龍の名手・朴大根書状 龍図が朝鮮側に

 「海北友松展」の「画龍の名手・友松ー海を渡った名声ー」では、北野天満宮・霊洞院・勧修寺などの「雲龍図」が展示されていましたが、それぞれ微妙に違いがあるものの、いずれもすさまじい気迫に満ちています。  また海北家に伝わる、慶長13年2月に記された「朴大根(パクテグン)書状(写)も展示されていましたが、図録には「『海北友松夫妻像』に付随…
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美術探訪9 「海北友松展」11 「妙心寺の金碧屏風」 寒山拾得・三酸図、画料請取状

 「海北友松展」の 「第七章 横溢する個性ー妙心寺の金碧屏風ー」には、「寒山拾得(かんざんじっとく)・三酸(さんさん)図」が展示されていましたが、寒山と拾得の表情がなんとも云えず、印象的でした。二人とも笑っているのですが、赤い口が少し開き、なんとも不気味な感じがしました。「寒山拾得」は、漢文でも出て来ますし、いろいろと画家が絵を描き、森…
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美術探訪8 「海北友松展」10 「八条宮智仁親王との出会い」 金碧屏風

 「海北友松展」の「第六章 八条宮智仁親王との出会いー大和絵金碧屏風を描くー」の会場に入ると、それまでの水墨画中心のモノトーンがちの世界とは、全く違った金色がまぶしいほどの華麗な世界が広がっていました。  展示されていた「浜松図屏風」と「網干(あぼし)図屏風」は、八条宮の依頼によって制作されたものですが、友松と八条宮との出会いについて…
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美術探訪7 「海北友松展」9 「変わりゆく画風」2 講演会の解説

 「海北友松展」の「第五章 友松人気の高まりー変わりゆく画風ー」には、慶長4年以降、最晩年期までの水墨画が展示されていましたが、八条宮智仁(としひと)親王、亀井玆矩(これのり)、近衛信尹(のぶただ)の求めに応じて描かれた作品も展示されていました(亀井氏に贈った「飲中八仙図屏風」については前述しました)。 近衛信尹は、「瀟湘…
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美術探訪6 「海北友松展」8 「建仁寺大方丈障壁画」3「変わりゆく画風」1 友を失った影響

 「海北友松展」は昨日で終わりましたが、しばらくその報告は続けます。「第四章 友松の晴れ舞台ー建仁寺大方丈障壁画」には、[竹林七賢図」が展示されていました。  「竹林七賢図」とは、「中国・三国時代の末期、竹林に入って清談に耽った七人の賢者たちの姿があらわされている」と図録には解説されています。竹林の七賢については、高校の世界史でも漢文…
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美術探訪5 「海北友松展」7 「建仁寺大方丈障壁画」2 「雲龍図」 講演会の解説

 写真は「海北友松」展の図録の表紙を撮ったものです。描かれているのは、建仁寺大方丈の「雲龍図」(二頭のうちの一頭)です。間近で見ると、一層重々しい存在感があり、神聖さも感じられます。 「雲龍図」について、嵯峨美大で開かれた講演会「海北友松の絵画を解析する」の中で、友松に限らず絵師は、中国の「本草綱目」の記載に従って、龍の部分、パー…
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石田三成の実像1921 美術探訪4 「海北友松展」6 「建仁寺大方丈障壁画」1 恵瓊の功績

「海北友松展」の「第四章 友松の晴れ舞台ー建仁寺大方丈障壁画」には、建仁寺大方丈に描かれた「雲龍図」「花鳥図」「竹林七賢図」などが展示されていました。  方丈の復興の経緯については、図録に次のように記されています。  「天文21年(1552)建仁寺の方丈は兵火によって灰燼に帰したが、それが再興されたのは慶長4年(1599)のことで…
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美術探訪3 「海北友松」展5 「飛躍の第一歩ー建仁寺の塔頭に描くー」 60歳過ぎて頭角

 「海北友松」展の「第三章 飛躍の第一歩ー建仁寺の塔頭に描くー」では、建仁寺の塔頭である大中院、霊洞院、禅居庵に描かれた絵が展示されていましたが、友松と建仁寺との関係について、図録には次のように記されています。  「60歳を過ぎた文禄・慶長の初め頃から、友松は頭角を現わし始める。その活躍の舞台となったのが、祇園にほど近い名刹、建仁寺で…
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石田三成の実像1920 「海北友松」展4 「歴代年譜景勝公」 秀吉が友松の絵を下賜

「海北友松」展の第二章「交流の軌跡」に、「歴代年譜景勝公」が展示されていましたが、図録の解説によれば、「文禄3年(1594)10月28日、景勝が秀吉を聚楽城下の自邸に招待したときの様子を克明に伝えた」ところが示されていました。  図録には、それに続けて次のように記されています。  「10月3日、増田長盛や石田三成を通じて秀吉の御成を…
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石田三成の実像1919 「海北友松」展3「兼如筑紫道中記」2 是斎重鑑は猪苗代兼如

「海北友松」展の「第二章 交流の軌跡ー前半生の謎に迫るー」で展示されていた「兼如筑紫道中記」には、石 三成が海北友松と共に、九州に行ったことが記されていますが、その作者について、図録の解説では、次のように解説されています。  三成の九州下向に「友松が同行したことは、『続々群書類従』所収の紀行文『九州下向記』や『阿保文書』所収の同『…
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